セールスエンジニア時代2

内野式洗浄の歩み。シリーズNO.166

 

承前)日本が加工貿易国で生きていく国策の最中で品質管理の工程で過酷であった洗浄現場の流れを私が変えようと考えました。

当時上司であった(現在の日本パーカーライジング㈱代表取締役名誉会長の)里見菊雄様へ退社届けを9月に提出しましたが、ポケットに入れたまま12月まで保留、その間に創業者の里見雄二様の許可を得てくれと言われ、鵠沼のご自宅へお願いに訪問しました。

創業者、里見雄二様からは事業の苦労話を沢山聞きました。起業してもどれだけ大変かを聞きながらも私の意志は変わりませんでした。結果大変お世話になった会社を退職することになり、その年の12月28日の会社終業日にやっと受理して戴きました。年末で各部署に丁寧にあいさつ廻りをしましたが多くの社友は年末の挨拶と思った人が多かった様です。

即会社を起業しお金も少なく、荒波への船出でした。しかし私はこの洗浄分野で日本一になると強い決心をしていたのでこわいものはありませんでした。万一失敗したら死ぬくらいの覚悟であったのです。

その姿をみた多くの年寄りの人々が応援してくれました。人間死ぬくらいの覚悟の姿になっていると応援してあげなければと思う人は世の中には多いものです!

続く)